信長の本能寺は今と同じ場所?

答え
織田信長が討たれた本能寺(1582年)は、今の本能寺(京都市中京区寺町御池)と同じ場所ではありません。当時の本能寺は、北は六角通、南は蛸薬師通、東は西洞院通、西は油小路通に囲まれた約120m四方の区画にあり、堀を備えた城のような寺でした。今の本能寺からは西へ直線でおよそ1.3km。その場所には今、京都市立堀川高校本能館と老人ホームが建ち、「旧本能寺跡」の石碑が立っています。2007年の発掘調査では、堀の跡から火災で赤く変色した瓦や「能」の字の瓦が出土し、瓦ぶきの建物が焼けたことが分かりました。変のあと元の場所で復興の途中だった本能寺は、1591年ごろ、豊臣秀吉の京都改造で寺院を集めた「寺町」へ移され、1592年には新しい場所で本堂が再建されています。
動画で見る(YouTube・約1分)動画
動画で言ったことと、その根拠
動画の一文ごとに、確かめた資料の原文の該当箇所を引用しています。
織田信長が討たれた本能寺
根拠:「本能寺にて織田信長、二条御新造にて織田信忠が自刃」(arc-312)
1582年、明智光秀は今の亀岡の城を出て、本能寺へ向かった
根拠:「天正 10 年(1582)6月2日早朝、明智光秀が本能寺に滞在していた織田信長を急襲しました」(arc-312)
今の亀岡の城を出て、本能寺へ向かった
根拠:「亀山城 ( 現在の亀岡城 )…光秀、亀山城より出陣、本能寺へ転進」(arc-312)
本能寺の変。寺は炎に包まれ、信長はここで命を絶った
根拠:「本能寺の変で明智光秀の謀反により本能寺は織田信長ととも…に炎上したのち、豊臣秀吉の命により現在の寺町御池に移転しました」(kyoto-nakagyo)
今の本能寺は、京都の寺町御池
根拠:「豊臣秀吉の命により現在の寺町御池に移転しました」(kyoto-nakagyo)
信長が泊まっていた本能寺は、そこから西へ直線でおよそ1.3km離れた場所にあった
根拠:「北は六角、南は蛸薬師、東は西洞院、西は油小路に囲まれ」(kyoto-nakagyo)
今その場所にあるのは、高校の校舎と老人ホーム。旧本能寺跡の石碑が、ここが本能寺だったと伝えている
根拠:「現 在 の本 能 特 別 養 護 老 人 ホーム・ 堀 川 高 校 本 能 館 付 近 (元 本 能 小 学 校 跡 )は、有 名…な本 能 寺 の変 によって織 田 信 長 が自 刃 した場 所 で、旧 本 能 寺 跡 の石 碑 が建 てられてお」(kyoto-nakagyo)
元の本能寺は、およそ120メートル四方
根拠:「一町(約 120 m)四方」(arc-312)
まわりを堀で囲んだ、城のような寺だった
根拠:「堀を備え城塞の機能を持っていました」(kyoto-nakagyo)
2007年の発掘
根拠:「2007 年夏から冬にかけて3回にわたって本能寺跡の発掘調査を行なうことができました」(arc-204)
堀の跡から火事で赤く変色した瓦や、能という字が入った瓦が出てきた
根拠:「南北部分の堀の埋土から輪宝を額に戴いた鬼面や龍を表現した鬼瓦・「能」字の銘の…「能」字の銘の軒丸瓦や赤く変色した瓦・焼けた壁土・土器が出土」(arc-312)
瓦ぶきの建物が、火事で焼け落ちていたのだ
根拠:「⑤瓦葺きの建物があり、火災で焼失しました」(arc-312)
変のあと、寺は元の場所で建て直しを始めていた
根拠:「に明智光秀による本能寺の変によって焼失…その後、同寺は当地に再建が試み」(arc-2007)
寺は元の場所で建て直しを始めていた
根拠:「本能寺の変で炎上した。その復興の途上、秀吉の京都改造政策で」(arc-2017)
9年後の1591年ごろ。豊臣秀吉が京都の町を作り変え
根拠:「天正 19 年 (1591) 豊臣秀吉の政策により、寺町御池 ( 現在の場所 ) へ移転」(arc-312)
豊臣秀吉が京都の町を作り変え、町にあった寺を集めて寺町を造った
根拠:「豊臣秀吉は京都改造政策を執り…内側に京内にあった寺院を集め、…「寺町」を造った」(arc-2017)
本能寺もそのときに今の寺町御池へ
根拠:「その復興の途上、秀吉の京都改造政策で…現寺地に移った」(arc-2017)
1592年には、新しい場所で本堂が建て直されていた
根拠:「年(1592)…「本堂再建」」(arc-2017)
この一帯は今も本能学区と呼ばれ、学区の名前に寺の名が残っている
根拠:「本 能 学 区 は、北 は三 条 通 、南 は四 条 通 、東 は西 洞 院 通 、西 は堀 川 通 に囲 まれていま…り 、 学 区 名 の由 来 も本 能 寺 にちなんでいます。」(kyoto-nakagyo)
出典
- 京都市中京区役所「中京区の学区の紹介 本能学区」https://www.city.kyoto.lg.jp/nakagyo/cmsfiles/contents/0000318/318222/11honno.pdf
- 京都市考古資料館 文化財講座 第312回「明智光秀と『本能寺の変』」https://www.kyoto-arc.or.jp/news/s-kouza/kouza312.pdf
- 京都市考古資料館 文化財講座 第204回「『本能寺の変』を調査する」https://www.kyoto-arc.or.jp/News/s-kouza/kouza204.pdf
- 京都市埋蔵文化財研究所 発掘調査報告 2007-11『平安京左京四条二坊十五町跡・本能寺城跡』https://www.kyoto-arc.or.jp/News/chousahoukoku/2007-11honbun.pdf
- 京都市埋蔵文化財研究所 発掘調査報告 2017-10『寺町旧域(本能寺跡)』https://www.kyoto-arc.or.jp/news/chousahoukoku/2017-10.pdf (2026年10月24日に確認)
画像・音声の出典
錦絵:歌川延一(楊斎延一)「本能寺焼討之図」(部分)東京都立中央図書館所蔵(TOKYOアーカイブ https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00225383 )。明治の画家が想像で描いた絵で、建物や人物の姿は記録ではありません
地形:ASTER GDEM(NASA/METI、NASA GIBS)/地図データ:Natural Earth。地図の位置・線・区画の形はおおよそ(元の本能寺の区画は出典の4つの通りからのおおよその位置で、堀の幅・寺の建物の配置は分かっていません。亀山城からの線は向かった先を示すもので、実際の道のりではありません。距離は地図上の直線の計算値)
VOICEVOX:青山龍星
効果音:効果音ラボ