家康の母・於大は3歳の家康と別れた

答え
徳川家康の母・於大(おだい)は、兄が織田方についたため夫の松平広忠に離縁され、数えで3歳の家康を岡崎に残して去りました。再婚先の久松家で子を産んだ於大と家康が再会したのは17年後、桶狭間の戦いの2日前と伝わります。家康は異父弟たちに「松平」の名を許し、於大の孫・松平定行の家は伊予・松山15万石を14代、明治まで治めました。
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動画で言ったことと、その根拠
動画の一文ごとに、確かめた資料の原文の該当箇所を引用しています。
家康の母・於大
根拠:「於大の方」(於大の方|東浦町観光協会)
数えで3歳の家康を岡崎に残し
根拠:「3歳の竹千代を残して岡崎から帰される途中」(於大の方|東浦町観光協会)
松平家の敵・織田方についた
根拠:「今度は忠政の跡を継いだ兄 信元が織田方についたため、松平氏と離縁することになりました」(於大の方|東浦町観光協会)
夫の広忠に離縁された
根拠:「於大を松平広忠のもとへ嫁がせました」(於大の方|東浦町観光協会)
於大は阿久比の坂部城主・久松俊勝と再婚し
根拠:「天文16年(1547)20歳 坂部城主 久松俊勝に再嫁する」(於大の方|東浦町観光協会)
人の息子と
根拠:「康元・康俊・定勝など三男四女をもうけました」(於大の方|東浦町観光協会)
家康は今川へ送られる途中で奪われ、敵の織田家へ渡されてしまう
根拠:「竹千代は今川の人質として駿府へ行く途中、田原の戸田氏に奪われて織田信秀のもとへ送られました」(於大の方|東浦町観光協会)
お菓子や手縫いの着物に手紙を添えて
根拠:「折々のお菓子や手縫いの着物に心のこもる手紙をそえて励まし続けました」(於大の方|東浦町観光協会)
今川の駿府へ移され
根拠:「駿府へ移った竹千代のもとへ」(於大の方|東浦町観光協会)
日前。17年ぶりだった
根拠:「桶狭間合戦二日前の5月17日」(於大の方|東浦町観光協会)
17年ぶり
根拠:「母於大と17年ぶりの涙の再会を果たしました」(於大の方|東浦町観光協会)
敵方の阿久比にいた母のもとへ、馬を走らせた
根拠:「知立から敵方の阿久比へ馬を駆け」(於大の方|東浦町観光協会)
人の弟に、松平の名を許した
根拠:「対面した三人の異父弟に松平の姓を許しました」(於大の方|東浦町観光協会)
75歳で亡くなり
根拠:「8月28日京都伏見城で75歳の生涯を閉じました」(於大の方|東浦町観光協会)
江戸の伝通院に葬られ
根拠:「遺骸は江戸へ移され小石川の傳通院に葬られました」(於大の方|東浦町観光協会)
今もここに墓がある
根拠:「東京の傳通院於大の墓の前に」(於大の方|東浦町観光協会)
三男・定勝の息子、定行
根拠:「三男の子松山城主定行」(於大の方|東浦町観光協会)
1635年
根拠:「寛永12年(1635年)、伊勢国桑名から松山15万石の城主に移封せられた」(松平定行の霊廟 松山市公式ホームページ PCサイト)
伊予の松山で、15万石の殿様になった
根拠:「松山15万石の城主に移封せられた」(松平定行の霊廟 松山市公式ホームページ PCサイト)
家康の甥にあたる定行の家は、14代にわたり、明治まで
根拠:「徳川家康の甥にあたる松平定行が伊勢桑名から15万石で入封し、以来14代世襲して明治維新に至りました」(歴史と人物 | 城探訪 | 四国・愛媛の松山城)
天守も、この家の時代の1854年に完成
根拠:「35年の歳月を経て安政元年(1854)に落成しました。この時の天守が現存しています」(歴史と人物 | 城探訪 | 四国・愛媛の松山城)
明治元年。家は、家康に許された松平の名を返し、もとの久松に戻った
根拠:「松平姓を返上し旧姓の久松となる」(歴史と人物 | 城探訪 | 四国・愛媛の松山城)
再会できたのは1560年
根拠:「永禄3年(1560)33歳 於大 家康と再会する」(於大の方|東浦町観光協会)
1602年
根拠:「慶長7年(1602)75歳 伝通院於大の方 逝去する」(於大の方|東浦町観光協会)
出典
- 東浦町観光協会「於大の方」https://higashiura-kanko.com/history/odainokata/
- 松山市「松平定行の霊廟」https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankoguide/rekishibunka/bunkazai/ken/sadayukino_reibyou.html
- 松山城「歴史と人物」https://www.matsuyamajo.jp/history/ (2026年11月5日に確認)
画像・音声の出典
錦絵:小林清親「教導立志基 徳川竹千代君」・月岡芳年「大日本名将鑑 徳川家康公」・右田年英「今川義元桶狭間大合戦之図」(東京都立中央図書館 TOKYOアーカイブ)/惺々狂斎「東海道 岡崎」(国立国会図書館デジタルコレクション)
絵図:「伊予国松山城内絵図及歴代城主」(東京都立中央図書館 TOKYOアーカイブ)
写真:傳通院 ptrktn(CC BY 2.0)/松山城 Yoshikazu TAKADA(CC BY 2.0)・Japanexperterna.se(CC BY-SA 2.0)(Flickr)
衛星画像:NASA Blue Marble(NASA GIBS)/地図データ:Natural Earth。国の範囲は国土数値情報(行政区域1920年)を加工したおおよその境界。印・線の位置はおおよそ
VOICEVOX:青山龍星
効果音:効果音ラボ