福島正則は、死んだ後にも領地を取り上げられた

答え
賤ヶ岳の七本槍の筆頭として知られる福島正則(1561〜1624)。関ヶ原の戦いで徳川方につき、安芸・備後49万8000石の大名として広島城に入りました。ところが1619年(元和5)、広島城の修築をとがめられて領地を没収され、信濃・越後の4万5000石へ。信濃の高井野(今の長野県上高井郡高山村)に住み、翌年には子の忠勝の死で越後の2万5000石を返上。1624年に高井野で亡くなると、幕府の検使の到着前に遺骸が荼毘に付されたため遺領は収公、廃藩となりました(日本大百科全書〈ニッポニカ〉)。霊廟は小布施町の岩松院にあります。
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動画で言ったことと、その根拠
動画の一文ごとに、確かめた資料の原文の該当箇所を引用しています。
正則は秀吉の親戚とされ
根拠:「母は豊臣(とよとみ)秀吉の叔母木下氏という」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
賤ヶ岳の戦いでは、七本槍の筆頭として活躍した
根拠:「賤ヶ岳しずがたけの戦いでは七本槍の筆頭として活躍」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
関ヶ原では徳川方で戦い、その手柄で広島の大名になる
根拠:「関ヶ原の戦いには徳川家康に味方し戦功をたて…大名となり広島城に入る」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
2つの国で
根拠:「芸備2国」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
今の広島県にあたる
根拠:「安芸 (あき) ・備後(いずれも広島県)」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
約50万石だった
根拠:「49万8000石」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
ところが1619年、その広島城の修理が、幕府にとがめられる
根拠:「1619年(元和5)広島城の修築を理由に除封」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
修理の届け出の手続きが足りなかったため、とされる
根拠:「修築許可の手続不」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
2つの国は取り上げられ、移された先は、信濃と越後だった
根拠:「芸備2国を没収された…信濃(しなの)・越後(えちご)国内で4万5000石を与えられ」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
約50万石から、10分の1以下の、4万5千石へ
根拠:「49万8000石…4万5000石を与えられ」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
正則が住んだのは、信濃の高井野。今の長野県、高山村だ
根拠:「高井野(長野県上高井郡高山村)に蟄居(ちっきょ)した」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
翌年、息子の忠勝が亡くなり、越後の2万5千石も返した
根拠:「翌年、子忠勝(ただかつ)の死により越後の2万5000石を返上」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
1624年、正則は高井野で亡くなった
根拠:「生没年:1561-1624」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
64歳だった
根拠:「寛永元年7月13日死去。64歳」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
このとき遺体は、幕府の役人が確かめに来る前に、火葬された
根拠:「このとき幕府検使の到着前に遺骸(いがい)を荼毘(だび)に付したため」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
そのため、残りの領地も取り上げられた。正則の家は、大名ではなくなった
根拠:「遺領は収公、廃藩となった」(福島正則(フクシママサノリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク)
出典
- コトバンク「福島正則」(日本大百科全書〈ニッポニカ〉・改訂新版 世界大百科事典・日本人名大辞典ほか)https://kotobank.jp/word/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E6%AD%A3%E5%89%87
- 広島市「福島正則没後400年記念事業」https://www.city.hiroshima.lg.jp/tourism-culture/history/1026883/1026891/1038090/1030815.html
- 文化遺産オンライン「広島城跡」https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/139264 (2026年11月6日に確認)
画像・音声の出典
錦絵:豊国「賤ケ嶽七本鎗高名之図 福嶋市松」・大蘇芳年「皇国二十四功 羽柴筑前守秀吉」・広重「六十余州名所図会 安芸 厳島祭礼之図」「同 信濃 更科田毎月鏡台山」(国立国会図書館デジタルコレクション)/月岡芳年「関ヶ原大合戦之図」(東京都立中央図書館 TOKYOアーカイブ)。錦絵は画家が描いた想像の姿です
肖像:栗原信充『肖像集』(国立国会図書館デジタルコレクション)
写真:LimpingFrog Productions「Hiroshima, Mom and Me」CC BY 2.0(Flickr)
空中写真:国土地理院
衛星画像:NASA Blue Marble(NASA GIBS)/地図データ:Natural Earth。国の範囲は国土数値情報(行政区域1920年)を加工したおおよその境界。印・線の位置はおおよそ
VOICEVOX:青山龍星
効果音:効果音ラボ